「ジャン、節分て知ってるか?」
突然のベルナルドからのクエスチョン。
「へ?節分?んー……何の日だぁ??」
コーヒーをすすりながら考える。
「だめだ~。わかんねえ」
「ジャパンではな、災いを外に出し福を呼び込むために豆を撒くらしい」
“おにはーそと、ふくはーうち”
ベルナルドが豆を撒くジェスチャーをしながら変な呪文を唱えた。
「そーんなことで幸せになれんなら、ラッキードッグはいらねーな」
風習ってのは本当によくわからん。
「でな、恵方巻というものを食べるそうだ」
「えほーまき?」
「一応スシ、なんだが、ご飯と具を海苔で巻いてあるらしい」
「へー。スシロールかあ」
「それを、縁起のいいといわれる方角、つまり恵方を向いて食べることから恵方巻と呼ばれているそうだ」
日本人てのは、験担ぎが好きねえ。
ま、俺たちマフィアもなんだかんだで、オメルタだどーだと掟やら習わしなんかに縛られて、振り回されてんだけど。
「ちなみに恵方巻のサイズはこれくらいだ」
「うん。わかったからズボン上げろ」
「ジュリオ、おっかえりー♪」
「――っ、ジャン、さん……!?」
その日、うちの幹部筆頭の前髪と胃袋を執拗に攻撃していた陰湿なエネミーが突然姿を消した。
とはいってもドン・オルトラーニの悩みの種はひとつではないので、結果としては彼の前髪も胃袋も完全に救われたというわけではなく、多少負担が軽減されたくらいなのかも知れない。
ともあれ、今までどんな情報網にもひっかかることなく、俺たちの目から逃れていた面倒なGDの巣のひとつ、こいつが今朝、潰れたって情報が飛び込んできた。
ベルナルドは興奮気味にまくし立てる。
「ジャン!ジュリオがやってくれたぞ!」
「んあ?ジュリオがどうしたって?」
「俺がいくら網を張っても見つからなかったGDのアジトだよ」
「ああ、最近郊外でいろいろ面倒を起こしてるヤツら?」
「ああ!そいつらの巣を、ジュリオが潰してくれたんだ!」
そんなわけで、我が愛しのマッドドッグにご褒美をと俺はこんな格好をしてみた。
「メイド服。かわいいだろ?」
ベッドにセクシーポーズで横たわり、スカートからチラリと太ももをのぞかせてみる。
「ど、ど、どうしたんです、か……?」
「お前がサ、すっげー活躍したっつーからそのご褒美だよ♪」
「……活躍?」
「GDのアジト、やったんだって?ベルナルドがご機嫌でさ~」
「あぁ……はい……たまたま、です」
あ……あれ?
なんか、あんま喜んでない……?
まー、そりゃそーだわな……。
だって俺オトコだもんな。
「悪ィ……こんなん嬉しくねーよな」
「あ……いえ、その……」
「いやさ、ジュリオが頑張ったからさ、今日は何でもお前にご奉仕しちゃうぜってつもりでこんな格好したんだけど……ちっと方向性違ったか」
大の男がメイド服着て「ご奉仕よん」ってそりゃなんの罰ゲームだよって話だな。
「ジャンさん、には……そんな格好似合わない、です……」
「……だよなー」
我ながら発想がアホ過ぎた。
「ジャンさんは、ご奉仕なんてしなくて、いい……」
「ジュリオ?」
「そ、それ……俺が、着ます……!」
「え」
軋むベッドの不規則な音。
それに合わせて、小さな喘ぎ声が断続して響く。
「あ、ん、ジャン、さ、ん……」
「ジュ、リオ……」
メイド服のジュリオ……すっげえ可愛いんだけど……。
そんじょそこらの女なんかより全然メイド服を着こなしてる。
だらしなく開いた口がなんか色っぽいし。
ヤバい。めちゃくちゃ興奮する。
でも。
なんで……。
なんで俺がメイドさんに犯されてるんだ?
普通逆じゃね?
メイドさんはご主人様犯したりしなくね?
「ジャン、さんっ、気持ちいい、ですか……?」
「あっ、……っ、ジュリオ……!」
ジュリオの動きが早まる。
余裕のない表情。
トロントした目をして熱っぽい声をだしやがる。
くそ、エロい顔……。
「ジャンさん、に、ご奉仕するのは、俺、です」
「ジュリオ……」
俺はジュリオの背中に手を回して、ゆっくりとさすってやった。
「あ、ジャンっ……お、俺……もう……」
「ジャン、さん」
「んー。なあに?」
ぐったりとベッドに転がって、まったりピロートーク。
実はこの時間がけっこう好きな俺。
「ありがとう、ございました……その……」
「あん?なにが?」
「ご褒美……嬉しかった、です」
「そーお?つかこれはご褒美になったのか?」
「はいっ」
「そか」
当初の計画とは大幅にズレたけども、ま、なんか喜んでるみたいだし、結果オーライってことで……。
俺は幸せそうなジュリオの顔にキスをした。
end
今日、アレが出た。
あああ、もう口に出すのもはばかられる。
黒くて艶やかで疾風のごとく素早いアレよ。
しかもヤツは、あろうことか、俺の、CR:5のボスの部屋に出やがった。
俺が悲鳴をあげると、真っ先にジュリオが駆けつけた。
「ジャン!!」
「ジュリオ~(>_<)」
俺は待ってましたとばかりにジュリオにしがみつく。
「かくかくしかじかなんだよジュリオ頼む!」
「わかりました。俺に、任せてください」
す、と目を細め、ジュリオがナイフを構えた。
しかし敵もそう簡単じゃない。
ヤツは、あのマッドドッグジュリオのナイフよりも素早かったのだ。
俊敏な動きで、逆にジュリオが翻弄されていた。
「こりゃお見事」
「……っ、す、すみません、ジャンさん……」
壁には数十本のナイフが、美しいラインを描いて突き刺さっていた。
だがそこにヤツの姿はない。
ジュリオは今にも死にそうな顔で俯いている。
……それにしても一体どこにそんなナイフを隠し持ってたんだよ……。
次にルキーノが来てくれた。
「どうした、ジャン!?今の悲鳴は!」
「るきーのぉ(>_<)」
「うお!?なんだその壁のナイフは!?まさかGDのやつらが!?」
「あ、いや……それは……」
俺は事情を説明し、ヤツの始末をルキーノに託した。
「はぁああ!?××××(自主規制)だぁ!?」
そんなもんで騒ぐんじゃねぇと、ルキーノは呆れ顔で俺を見た。
「しかももういないじゃないか。どっかへ逃げたんだろ。ほっとけ」
「やだ~。やだやだ!またいつ出るかわかんないじゃんかよう!」
「あっ、ジャンさんそこです!」
「ひえぇっ」
とっさにルキーノによじ登る。
「こら、俺は木じゃねぇぞ」
そう言って懐から銃を取り出した。
ま、まさかルキーノ……?
「フン。こんなもんはなぁ……」
「……………」
「……………」
「……………」
部屋の壁にはいくつものゴリッパな風穴が……。
しかもヤツに弾をくらわすどころか見失ってしまった。
「す、すまんジャン…数打ちゃ当たると思ったんだが」
「あーのなぁ……」
「下手くそ」
「ジャン!今の銃声は何だ!何があった!?」
扉が開き、ベルナルドが飛び込んできた。
「ベルナルドー(>_<)」
「な…!?この部屋は一体!?まさかGD!?」
真っ青な顔でベルナルドが部屋の壁を凝視してる。
そりゃそうだ。
一見すると、激しい襲撃に遭ったかのような有り様だもんな。
「ぅんにゃ、コレはそのう……」
「……ふむ。なんだ、そんなことか。よし、任せろ」
事情を聞いた我らが幹部筆頭は自信に満ち溢れた表情を見せた。
さっすが、年長者は違うぜ。
「大体なぁ、ジャン。お前が部屋を散らかしてるから、出るんだよ」
「うー……」
やっぱ菓子の食べこぼしとかが原因なんかしらん……?
「執務室での飲食は禁止だな」
「そんな……」
ベルナルドはにやりと笑うと、小さな缶を取り出した。
「バル●ンだ。これはな、害虫を駆除する成分が入ってる。××××なんて一発で……」
得意げに話すベルナルドの後ろで何かが動く。
「あっ……」
「ベルナルド!後ろだ!」
「え」
「うわぁぁ……!!!」
「と、と……」
「飛んだーーーーー!!!」
逆襲だ!
Gの逆襲だ!
駆除されまいとあっちも必死か!
最終奥義出しやがった!!
これまさに命のやりとり!!
「うわーっ、うわーっ!」
足がもつれてしりもちをついた。
「ジャンさんっ!俺の後ろに!」
「で、デカい…!」
「は、早く、バ●サン……!」
「こっちに来るぞ……!」
その時、デカい声とともに扉が勢いよく開いた。
「おう、ジャンいるか?……って何やってんだおめーら?」
部屋の隅にかたまった俺たち4人を不思議そうに見やると、イヴァンはずかずかと大股で部屋に入ってきた。
「もうメシ食ったか?うめーホットドッグ屋見つけてよお、おめーの分も買って来たから……あ、××××」
ばんっっっ
「!!?」
え!
イヴァン、今、素手で……え、ええ!?
「おい、ティッシュ……って、だからなんなんだよ、おめーらはさっきから……」
かくも激しい生と死のせめぎ合いは幕を下ろした。
その後、念のため●ルサンを焚き、掃除屋に部屋中を消毒してもらった。
イヴァンはエンガチョなのでしばらくは部屋に立ち入り禁止とした。
あんにゃろ、まさか素手で……ぶるる。
end
「ベルナルドぉ、出掛けんのか?」
俺が声をかけると、上着に右手を通しかけたベルナルドがこちらに顔を向け「ああ」と答えた。
「美容院に行こうと思ってね」
「おー、ついに丸刈りけ?」
「……っ!?し、失敬な……!そんなにヒドくはない!」
「………………」
「え?だめ?そんなにヤバイか?オレ……」
ベルナルドは青い顔で鏡を覗き込んだ。
前髪をつまみ、右から左から細かくチェックする。
その様子があまりにもおかしくて、俺は思わず吹き出した。
「ぶっ、バーカ。冗談だよ」
「ジャン……」
ベルナルドに思いっきり睨まれた。
「気にしすぎ」
「気になるさ」
ベルナルドは再び上着を着ると俺に背を向けた。
「じゃあ行ってくるよ」
「薄くても愛してるぜ、ダーリン♪」
「ふ。心強いよハニー」
end
珍しくルキーノは酔っていた。
普段は水のように飲む酒も、今夜はルキーノを特別気持ちよくしていた。
だがそれも仕方ない。
どうやらルキーノは仕事で“いいこと”があったらしいのだ。
最近ぐっと寒くなったデイバンの夜。
男2人が並んで歩く。
まったく寒い話だ。
もちろん、少し離れた場所から護衛が3人ついてきている。
ますます寒いぜ。
「はっはっは!ジャン!今日は何て良い日だ!」
「ったくもー、足元フラついてんじゃねーか、飲み過ぎなんだよ」
自分よりはるかに大きな男の脇に潜り込んで必死に支える。
ったく、どっちがどっちを支えてんだかわけがわからない。
「今日は気分が良い!」
そういうとルキーノは脇でよろめく俺を勢いよく抱き寄せ、噛みつくようなキスをした。
「んっ、る、キーノ…くるし、って!」
「ジャン、今夜は寝かさないぜ」
今夜「も」だろ……
くそ、絶倫ヤロウ。
とか言いつつ、まんざらでもない俺……。
ちっくしょ……いつの間にこんなに乙女になっちまったんだ、俺は?
「あ」
急にルキーノが耳元で呟いてびくりとした。
「そうだ、ジャン!今日は特別だ!俺に入れていいぜ!」
「はああああ!!?」
ルキーノの突拍子のない提案に腹の底から異議を唱える。
「アホか!冗談じゃねえよ!」
「はっはっは!なんだ、ジャン!遠慮すんなよ!」
「してねえよ!!」
何が悲しくてこんな色気のないマッチョを抱かなきゃいけないんだ!
どんだけ酔ってるんだ、このバカライオンは!?
「安心しろよう。コッチでも天国にイかせてやるからよう」
「なっ……」
そう言うと、本気で嫌がる俺の襟首をむんずとつかみ引きずるように歩き出す。
「うわ、ちょ、おい!止めろバカ!止めろって!うわ、うわあーーーっっ」
俺の抵抗など蚊が刺したほどにしか感じないのか、ルキーノは大股でホテルへと歩みを進める。
デイバンの静かな冬空に俺の悲痛な叫び声が響き渡った。
誰か!
誰かこのアホ止めてくれ!!
end