作業が終わったのは、完全に夜が明けてからだった。
「みんな、本当にすまん!迷惑かけたが、これで安心して納品できる!感謝してもしきれん!」
工場長の奥さんが、たくさんのおにぎりと、温かい味噌汁を持ってきてくれた。
「お疲れさま!どうぞ召し上がって」
その場の空気が緩んだ。
それから改めて「終わった」ことを実感した。
にしても、必死だったとはいえ本当に一晩でやりきるとは…。
工場長じゃなければこれだけの人をまとめるのも、現場を完全に把握して指示を出すのも無理だろう。
やっぱ工場長はすごい!
俺も一気に緊張がほぐれたのか、疲れがどっと出た。
「ケイスケ、帰ろう」
アキラが俺の袖を軽く引いた。
「うん」
俺たちは工場長に挨拶をして帰ることにした。
「工場長、俺たち失礼します。仕事の前に少しでも寝ておきたいし」
いつまでも達成感に浸ってられない。
今日は平日。
仕事があるのだ。
「ケイスケ、今日は1日ゆっくり休め」
「えっ!?」
「昨日早く帰してやるつもりだったのに、仕事させちまってよ…アキラまで駆り出して迷惑かけたからな」
「それは仕事だから…」
「お前が真っ先に“手伝います”と申し出たときによ、涙が出るほど嬉しかったんだよ」
工場長が俺の肩をポンポンと叩いた。
「今日は少ないからよ、お前らみたいなヒヨっ子がいると逆に足手まといなんだよ!人件費節約だ!!」
工場長はガハハと笑った。
家に帰ると2人とも泥のように眠り、目が覚めたのは夕方の4時前だった。
「アキラ」
「ん……」
アキラが薄く目を開けた。
「腹、減らないか?何か食べに行こうか?」
「………いい…」
アキラがのそりと起き上がり時計を見た。
「もうこんな時間…?」
「うん」
結局、もうすぐクリスマスが終わる。
アキラの欲しかったものは分からなかったから、プレゼントもない…。
一応、靴は買ったけど、これはクリスマスプレゼントじゃないし、アキラの望む物でもない。
「アキラ…あの…ごめん…俺…実は…」
「サンタクロースって、本当にいるんだな」
アキラが唐突に切り出した。
「プレゼント、ちゃんともらった」
「え……ええっ!?」
アキラが立ち上がってツリーの側まで行くと、鉢の下から紙切れを取り出しひらひらさせた。
「なに、それ?」
「これに願い事を書いて、置いといた」
短冊……?
それ七夕だよ、アキラ…。
「見せて」
俺がお願いするとアキラは指先ではじいてこちらへよこした。
───クリスマスはケイスケと過ごす
「アキ……」
「叶ったろ」
アキラが口端を少し上げた。
「ケイスケ」
「何…?」
「これ」
今度は箱を渡してきた。
「一応、クリスマスプレゼント…。だけどプレゼントとかよく分からないから…」
箱を開けるとスニーカーが入っていた。
「ボロボロだろ、お前の靴。こないだケイスケが午前中だけ仕事の日に買いに行った」
「ア…アキラ…これ…」
俺もおずおずと靴の入った箱を差し出す。
アキラは中身を見て驚いた顔でこっちを見る。
「いや…アキラの靴がボロボロだったから…」
「……なんか、俺たちは考えてることが同じだな」
アキラが、ふっと軽く笑う。
「今日は俺がメシ作る」
「アキラが?」
「実は昨日、ちょっと準備してた」
エプロンをしながらアキラが冷蔵庫を開けた。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
来た!
俺は急いで扉を開ける。
そこには予想通り配達業者の人がいた。
アキラに内緒でケーキを頼んでおいたのだ。
「じゃーん」
「本格的だな」
12月25日 クリスマス
無事にアキラと一緒にクリスマスを過ごすことができた。
来年も、再来年も一緒に過ごせれば、他には何も望まない。
それにしても…仕事とはいえイブもアキラと一緒にいられた。
そして今日はたまたま工場長の計らいで仕事が休みになって、アキラと一緒にいられた。
これはたんなる偶然?
もしかしたらサンタクロースって本当にいるのかもしれない。
それとも……
サンタは工場長???
「ケイスケ」
「ん?」
振り返ったらアキラの唇が俺のと重なった。
キーンコーン
定時を知らせる鐘が工場内に響いた。
「よーし、あがっていいぞ!」
工場長のよく通る声が聞こえてきた。
よかった!
今日は早く帰れそうだ。
当日分の作業の前倒しをしたおかげで、ほとんど仕事が片づいている。
あとは仕上げをするだけだ。
「今日はイブだからな。みんなも早く帰りてぇんじゃないかと思ってな。ちっとキツかったかもしれんが、昨日までにほとんど終わるように作業工程のスケジュール組んだんだよ」
ガハハと工場長が笑った。
粋だなぁ…。
「ケイスケもこき使って悪かったな!もうあがれ!」
「え…でも仕上げが…」
「そんなもん俺がやっとくさ。今日は早く帰って、アキラとゆっくりしろよ」
「は、はいっ」
ほっと胸をなでおろした。
クリスマス、大丈夫そうだ。
アキラのクリスマスプレゼント買うの、今日がラストチャンスだもんな。
あれこれと思案していると、勢いよく事務所の扉が開いた。
「工場長!大変です!!」
「どうした?」
「20~22日までに発注した部品に不良が見つかったらしく、全て回収になったと業者から連絡が!」
「なんだとぉ!?じゃあ明日受け渡しになってる製品はどうするんだ!?」
「代わりに業者が新しい部品を持ってくると…」
「てことは解体して、また初めからってことか!?」
「おそらくは…」
「バカやろう!!明日までだぞ!」
わわ。大変なことになったぞ。
非常事態だ…。
部品の組み替えなんて今からじゃとても明日の納品に間に合わない。
「あーっ、ごちゃごちゃ言っても仕方ねぇ!やるしかねぇな!」
工場長が工具箱を取り出して、作業の準備を始める。
工場長、やる気なんだ。
そりゃそうだよな。
できるできないじゃなくて、やらなきゃいけないんだもんな。
「工場長、俺も手伝いますっ」
工場長は驚いた顔で俺を見た。
「ケイスケ…いいのか…?」
「はい、大丈夫です」
「だけどお前…」
「いいんです。早くやっちゃいましょう!」
「ケイスケ、すまん!!」
工場長が深々と頭を下げた。
まだ工場内に残っている作業員を集めて、大量の部品組み替えの作業が進められた。
アキラはすでに仕事が終わって帰ってしまっていたけど、電話して事情を話したらすぐに駆けつけてくれた。
「おう!アキラ、すまんな…」
「いえ」
今日はおそらく徹夜の作業になるな…。
明日はとうとうクリスマス本番!!
どうするどうなる俺!?
今日は祝日だったけど、午前中だけ仕事だった。
昼過ぎに家に帰るとアキラがいなかった。
これはチャンスだ!
クリスマスプレゼントを買いに行こう!
少し足をのばして繁華街の方へ来てみた。
この時間なら時間を気にせずゆっくり物色できる。
明日がクリスマスイブということもあって結構な賑わいで、どの店も客が溢れかえっている。
カップルが多いな。
早速、アキラの興味がありそうな店に入ろう。
アキラの……
興味がありそうなもの……………?
服?
音楽?
雑貨?
楽器?
アクセサリー?
インテリア?
食べ物?
どれも違う気がする。
「………………」
途方に暮れる。
「とりあえず…靴、見に行こうかな」
クリスマスまであと2日。
明日はイブだよ!
土日を返上して仕事してると、時間の感覚がかなり薄れる。
忙しいのも今週いっぱいだとは思うけど、乗り切る自信がない……。
油まみれの状態で家に帰ると、部屋が真っ暗だった。
アキラはすでに寝ていた。
「アキラ、明日早出だもんな…」
何気なく呟いて、はっとする。
───クリスマス一緒に過ごせるのか?
「………」
これだけ忙しいと、クリスマスに定時にあがるのって無理じゃないか?
俺は玄関に立ち尽くす。
考えてもみなかったが、有り得ない話じゃない。
今年のクリスマスは平日なのだ。
気づいてしまった事実と可能性にしばらく呆然とする。
ふと足元を見ると、アキラの靴が無造作に脱ぎ捨てあった。
相変わらずだな…。
苦笑しながら、靴の向きを整える。
「あれ…」
アキラの靴、かなりボロボロだ…。
お互いの服に関して口出すことはない。
自分の身の回りの物は各々で買うから気付かなかったけど…。
ずいぶんと無頓着だな…。
真っ黒だし、底がかなりすり減ってるじゃないか。
「靴、買ってあげようかな…」
もちろんアキラが靴を欲しがっているとは思ってない。
でも、こんなにボロボロなんだから、新しい靴を買ってあげたい。
クリスマスまであと3日…。
とりあえず靴を買いに行こう。
工場で一緒に働いている佐々木さんが、クリスマスプレゼントに家族を旅行に連れて行くって言ってた。
旅行かぁ。いいかも。
アキラと一緒に旅行とかしたことないもんな。
でも今からじゃ宿の予約は絶対無理だよな…。
俺って本当にダメだよな。
気がまわらないというか、要領の悪いところは昔からだ…。
アキラが俺と旅行に行きたいって言ってくれないかな。
それとなく聞いてみよう。
「アキラさ、どっか行きたいとこない?」
「別に」
「例えばさ、楽しいところでさ」
「ない」
「ディズニーランドに行きたい!」
「お前が行きたいんだろ」
やっぱりアキラからは言ってもらえなかったから、自分から切り出してみた。
我ながら情けない、よな…。
「なんだよ、いきなり」
「クリスマスだし、デートしようよ!思う存分クリスマスムードを満喫できるし」
「…………」
アキラは明らかに気が乗らないという表情をしてる。
やっぱダメか。
どうせ混んでるしな…。
アキラは人混み嫌いだし。
分かっていたけど、がっくりと肩を落としてうなだれる。
「お前……」
「え?」
「お前、オレのクリスマスプレゼントは決まったのか?」
ぎくり。
「ま、まだ…」
アキラが小さくため息をつく。
…そうだよな。アキラのプレゼントを考えていたはずなのに、いつの間にか自分の希望をアキラに押しつけてた。
俺って最低だよな。
「サンタがちゃんとプレゼントくれたら…その、俺が…俺が連れてってやるよ…」
「ほ、ほんと!?」
「ああ…」
嬉しさのあまりアキラに抱きつこうと両手を広げてダイブした。
が、
ひらりとかわされた。
俺はそのまま顔からつんのめる。
「いちいち抱きつくな」
「アキラァ…」
鼻血まみれの顔を抑えながらニヤニヤする俺。
でも…ますますわからない。
アキラの欲しいものって何だ!?
クリスマスまであと5日しかない!!