ケイスケが浮気している。
今日確信した。
毎日の習慣に何かしらの変化が起きるということは、日常のどこかに異常が生じていることだ。
ってテレビの心理学の先生が言ってた。
違和感を感じたのは昨日の夜。
いつもなら布団に入った後、
「アキラ…そっち行ってもいい…?」
「嫌だ」
「えへへ。寒いから一緒に寝ようよ」
「あっ、おい、やめろよ!狭いだろ!」
「ほら。こうやってくっつけば暖かいよ」
「…………」
というやりとりを必ずするのに、ケイスケが俺の布団の中に入ってこなかった。
しかも、今朝はキスもしてない。
こんなこと今までになかった。
絶対怪しい。
そういえば昼間に事務の女の子と仲良くしゃべってるの見た…。
休憩の時間にどこかに電話してるのも見た…。
いや、別にヤキモチじゃない!
好きにすればいい、ケイスケなんて!!
俺は隠し事をされたり、よそよそしくされたりすることが面白くないだけだ。
今日だって一緒に帰れるはずだったのに、一人でそそくさと帰るし。
しかも未だに帰ってこないし。
先に帰ったくせにどこで何をしてるんだ?
なんなんだよ、あいつは。
別にどうでもいいんだけど。
「ただいま~」
玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「遅かったな…」
「うん、ちょっと…」
ごまかすように言葉を濁した。
「アキラ、めしは?」
「いや…」
「適当に買ってきたよ」
そう言ってコンビニの袋を見せてきた。
「どこ行ってたんだよ」
「え、何が…?」
「仕事終わってから」
「あ…あぁ…」
「お前、先に帰ったろ。なのに何でこんなに遅いんだ?」
「あ!アキラは鮭弁当と唐揚げ弁当どっちがいい?」
「話を逸らすなよ」
俺はケイスケを睨んだ。
「あれ…何か怒ってる…?」
「連絡くらいできるだろ」
「ごめん…」
「お前さ、不自然なんだよ。俺に気付かれたくないなら、それなりに気を付けて行動しろよ。あからさま過ぎるんだよ」
ケイスケは驚いた表情でこっちを見ている。
俺は何をイライラしているのか、言葉が止まらなかった。
「こそこそと俺を避けるような真似して。ただでさえ、嘘付くのが下手くそなくせに、バレてないとでも思ってるのか?」
「……バレてたんだ……」
「…やっぱりそうなんだな」
「ごめん…」
「ごめんてなんだよ。別に俺に遠慮する必要なんてないだろ!コソコソしなくたって、堂々とすればいい!他に好きなやつができたなら、それで別にいいし…」
「え!?ちょ、なに!?何のこと!?」
ケイスケが慌てて俺の言葉を制した。
「アキラ何言ってるの…?」
「え…」
ケイスケはカバンから、白い小さな紙袋を取り出して俺に見せた。
「うちだ内科…?」
「なんか…風邪ひいたみたいで…」
「風邪!?」
「昨日から調子悪かったんだけど、昼間事務の女の子に聞いたら、いい病院があるって…。だから予約入れて、仕事終わってから急いで行ってきたんだ」
「な……!」
な…なんだそれ……。
てゆーか、風邪だったら別に隠す必要なくないか?
いちいち紛らわしいんだよ、行動が!
「アキラに心配かけちゃ悪いと思って言わなかったんだけど、なんか…別の心配させちゃった…?」
「………」
「浮気してると思ったんだ?」
「………」
「同じ布団で寝たり、キスしたりしたら風邪がうつると思ったから、あまり近くに寄らないようにしてたんだよ」
「………」
「アキラ…そんな顔しないで…?」
俺、今、どんな顔してる…?
絶対に間抜けな顔をしてる…。
ケイスケがそっと俺の頬に触れた。
びくりと体が反応した。
「……っ」
「アキラ…ごめんね」
ケイスケが泣きそうな目をしてる。
何で…お前がそんな顔する?
結局は全部俺の思い過ごしだった。
別にケイスケが謝ることなんかない…。
俺が勝手に勘違いして、不安になって、ムカついて…。
…………うぁ。
冷静になるほどに恥ずかしさが込み上げてきた。
ああ、最悪だ………。
俺は両手で顔を覆った。
「アキラ、顔真っ赤…キスしてもいい?」
「風邪が、うつる…」
「いや…?」
「…いやだ…」
「本当に?嫌がってないみたいだけど?」
いつもそうだ。
優しく問いかけてるようで、俺の答えなんか聞いてない。
なんだかんだ言ってこいつは強引だ。
「ケイスケは、ずるい…」
「アキラ…」
「ん…っ」
「風邪うつったら看病してあげるから…」
「…んぅ…む……」
まぁ、拒めない俺も俺なんだけど…。
よく考えたらケイスケが浮気するほど甲斐性があるわけないのに。
「アキラ…好きだよ…」
いつの間にかケイスケに組み敷かれていた。
なすがままにされながら、ぼんやりとそんな風に思った。
妙に可笑しかった。
見てはいけないモノを見た気がする…。
「お前らぁー、アッキアキにしてやんよー♪♪」
アキラがビール瓶をマイク代わりに、陽気に歌うなんて…
俺の人生で一度も考えたことなんてない。
まさしく、
俺史上初!!
今日は工場の新年会で、近所の居酒屋を貸し切っての大宴会が催されている。
「アキラ、飲み過ぎだよ」
「うるさいなぁ。ケースケはぁ。俺は酔ってないろ」
…酔ってる。
完全に酔っ払いだ。
俺の心配とは裏腹に工場の連中はかなり楽しんでいる。
そりゃそうだ。
普段は仏頂面で無口なアキラが「アッキアキにしてやんよ」って言ってるんだ。
盛り上がらないわけがない。
「アキラー、いいぞー!」
「踊れ踊れ~」
「わははははは!お前面白いな!」
色んな場所から飛んでくる声援に応えながら、アキラは超ご機嫌な様子だ。
ったく。
あの酔っ払いオヤジどもめ。
アキラはニコニコしながら、グラスのチューハイをイッキ飲みしている。
「ありゃー、アキラのやつ、ちっと飲み過ぎだなぁー」
唯一、工場長だけが心配してくれていた。
さすが工場長だ…。
「止めてきた方がいいんじゃねぇのか?」
「ですよね。俺、ちょっと止めてきます…」
アキラは普段、酒なんて飲まないから、どう対処するべきなのか悩むな。
とりあえずアキラのがぶ飲みを止めるべく、グラスを取り上げた。
「あっ!」
「もうやめた方がいいよ」
「返せよ!」
アキラが取り返そうと手を伸ばす。
飲んでいるせいか、動きにまったくキレがない。
簡単にかわせた。
「返せよっ」
「だめ」
俺はグラスを持った手を真上に一杯伸ばした。
アキラは懸命に腕を伸ばすが、あと少し足りない。
「もおー、返せよ」
アキラが両腕を伸ばしてぴょんぴょん飛び跳ねた。
「か、かわ……」
かわいい……!!
なにこの小動物!?
「も…ばかぁ…えぐ…」
「ぅえ!?」
アキラの両目から涙が溢れてボタボタと零れ落ちた。
泣かせちゃったーーーーーー!!!!
「おいおいケイスケ、泣かせるなよ」
「いーじゃないか飲んだって」
「アキラいじめんなよ」
あちこちから野次が飛んだ。
うああ。完全にヒールだあぁ…。
「うっ…うっ…この悲しみを歌にしましゅ…」
アキラが再びビール瓶を片手に歌い始めた…。
「いいぞアキラー!」
「ありがとーみんなぁー」
号泣しながら歌ってる。
この人本当にアキラか……?
まあ、本人が楽しんでるならそれはそれでいいか…。
少し羽目を外すのも息抜きになるしな…。
「ほら、ケイスケもマイク持てよ」
アキラがビール瓶を差し出してきた。
「あ、いや、これ、マイクじゃないし…」
「じゃあこれがマイク?」
「!!!???」
アキラが俺の股間を鷲掴んだ。
しかも下ネターーーーーー!?
「ア、アキラやめろよ!」
とっさにアキラの手を乱暴に跳ね退けた。
「なっ…なんだよ!いつもはお前の───を俺の──の──に───んで───てくるくせにーーーっ!!」
「わーっ、わーっ、わーっ、わーっ、わーっ、わーっ、わーっっ!!!」
俺は大声を上げてアキラの爆弾発言をごまかした。
あとは笑って切り抜けろ!相手は酔っ払いだ!
しかし危ない!
これはかなり危ないぞ…!!
「よ~し、アキラ、脱っぎまーす☆彡」
アキラがおもむろにTシャツを脱いだ。
だああーっ!
何してるんだーっ!!
「アキラ!!」
俺は素早くアキラを脇に抱えて、会場の外へダッシュした。
「はー、もう絶対飲み過ぎだよ、アキラ~…」
「俺は酔ってないのらー」
「酔ってるよ」
まさか人前で脱ぐとは。
みんなに見られたじゃないか、アキラの体。
白い肌…
ピンク色の乳首…
それから…
昨日つけたキスマーク……………!!
「いや、見られてない!!」
見られてませんように…!!
「ケースケ怒ってるのか…?」
頭を抱えたしゃがみ込む俺を、申し訳なさそうな顔でアキラが覗き込んできた。
「キスしていいから…怒るなよ」
「へ!?」
「キスしてもいいから」
アキラ…。
何、その表情!
顔を赤らめて、下を向いてる。
ごくり。
「アキラ…」
「ケースケ…」
アキラがゆっくりと目を閉じて、軽く顎を上げた。
アキラの柔らかい唇に自分のそれを重ねると、数回啄むようにしてから舌を入れた。
「ん…む……」
「…キラ…」
「ぅ…ん、はぁ、ケイ、スケ…」
「ん…」
「吐きそう」
「え!?」
「ぐ…ぅぶっ…!!」
「わーーーっ、待って、アキラ、トイレまで我慢…」
そして俺の悲鳴が響き渡った。
「おう。気をつけて帰れよ」
「…はい…」
あの直後、モロにアキラのモノをくらってしまった俺とそのまま寝てしまったアキラ。
とても飲みの席に復帰できる状態ではなくなり、帰る事にした。
「すんません。迷惑かけて」
「気にすんな!誰もなんとも思っちゃねーよ!むしろ面白かったんじゃねーのか?」
工場長はいつものようにがははと笑ってくれた。
心底、ありがたいと思った。
俺は工場長に再度礼を述べ、アキラを負ぶって店を出た。
「ケーシュケェ…」
「……………」
まったく無邪気な寝顔。
アキラには今後一切お酒は飲まさないと固く誓う。
……でも、家でならいいよね。
可愛かったし…。
じゅるり。
仕事中にケイスケからの電話。
「アキラ…キスしたいんだけど…」
「……………」
もう一度言うが、今は仕事中。
とはいえ時にケイスケの行動は予測不可能。
仕事中だろうが、やるときはやる男だ。
変なところで妙に男らしい…。
「仕事中だろ」
「キスしたいよぉー」
何で、涙声なんだ…?
てゆーか今朝も一緒に出勤してきたけど、その時は普通だったのに。
「だいたいなんでこのタイミングなんだ。朝も一緒にいただろ」
「あ、うん。あのさ…休み中ずっとさ、アキラと一緒にいたじゃん?だからさ、何か、仕事とはいえ、離れてることに堪えられなくなったっていうか…」
「…仕事しろよ…」
「アキラのことで頭がいっぱいで、仕事が手につかないんだよ!」
「切るぞ」
「アキラァお願いぃ!キスだけぇぇ!」
ケイスケが必死に懇願してきた。
完全に泣いている。まったく信じられない。
「…今どこにいるんだ」
「トイレ」
何でトイレにいるんだよ。
気持ち悪いやつ。
「もうすぐ昼休みだろ…それまで…待てないのか?」
昼休みなら…。
これが俺のギリギリの妥協点だ。
そもそも仕事場でこういうことするのは公私混同だ。好きじゃない。
だけど、ケイスケの気持ちは分からなくもない。
…から今日だけは特別に…。
「あ、じゃあ今日の下着の色だけ教えて?」
俺は無言で電話を切った。
俺のささやかな心遣いを…。
本当に最低だ。
しかしまたすぐに着信。
「なんなんだよ」
「アキラァ…好きだよ…っ」
電話口の向こうで荒い息遣いが聞こえてきた。
ケイスケ、ついに本物の変態になり果てたのか。
こんな幼なじみいらない…。
「ケイスケ。あんまり変なことばっかりしてると、友達の縁切るぞ」
「……………」
ケイスケが黙った。
さすがに縁を切るとまで言われたら反省せざるを得ないだろう。
「…アキラ、今、なんて…?」
「友達の縁を切るって言ったんだ」
「っ…、わかった………」
しょんぼりした声で、ケイスケが電話を切った。
これはかなり効いたな。
その後ケイスケから電話がくることはなかったが、昼休みになっても現れなかった。
───少し言い過ぎたか?
ケイスケのことを気にしつつも、午後から普通通りに仕事をした。
3時休憩の少し前、工場長があわてた様子で走ってきた。
「アキラ大変だ!倒れてきた鉄筋でケイスケが怪我しちまった!」
「え…」
「あいつな、朝から何だかぼんやりしてポカばっかやっててな、様子がおかしかったんだ」
「そうですか…」
「何かあったのか?」
「いえ…」
「とにかく早くお前も病院に行ってやれ!」
病院に駆けつけた時、ちょうどケイスケが受付で会計を済ませていた。
「ケイスケ!!」
「あ、アキラ…?」
ケイスケの腕には包帯が巻かれているだけ。
他に外傷は見あたらなかった。
「怪我…それだけか?鉄筋が倒れてきたって工場長が…」
「あ、うん…大したことないよ」
「腕、折れたりしてないのか?」
「頭庇った時に強く打ったみたいだけど、骨には異常ないみたい」
そう言って、怪我した腕を軽く振って見せた。
「そうか」
悪運が強いのか丈夫なだけなのか、またはその両方か…。
「…帰るか。どっかでメシ食って帰ろう」
とにかく安心した。
病院に向かう途中、気が気じゃなかった。
自分の放つ言葉で、ケイスケに怪我まで負わせてしまったのだ。
大した怪我じゃなかったものの、一歩間違えばどうなっていたか。
「今日は俺がおごるから…」
「あの…アキラ」
病院から出た所で、突然ケイスケが立ち止まる。
「ん?」
「電話で…言ったこと…なんだけど」
「電話?…ああ、縁を切るなんて本心じゃない…」
「そうじゃなくて!」
急に大きな声を出したので、思わずケイスケを見た。
「友達の縁を切るって…」
「だからそれは…」
「俺たちって友達だったの!?」
「…………???」
ケイスケの言ってる意味がよくわからない。
友達に決まってるだろ。
俺たちは友達じゃないのか?
少なくとも俺は、トシマを出てからはケイスケという存在を強く意識しているつもりなのに。
「俺…恋人かと思ってたのに」
「………!?」
こ、恋人!?
ケイスケと俺が恋人…?
「好きなんだ、アキラ」
毎日ケイスケの口から聞こえる「好き」という言葉。
今日はやけに小さく、悲しく、自信なさげに響いた。
この言葉に込められた想いを、俺はどう受け取ればいい?
そして、どう返せばいいのか…?
「俺は、恋とか愛とか、よく、わからない。
だから、ケイスケが俺に好きだと言う言葉の本当の意味が理解できてないのかもしれない。
でも、ケイスケ。
お前は俺の中で特別で、代わりはいない。
お前が俺じゃなきゃだめだと言うように、俺もケイスケじゃなきゃだめだ。
ケイスケがいい。
でもそれが恋とか愛とかと聞かれても、どうなのかわからない…」
「アキラ…」
「俺も、ケイスケが好きだ。ケイスケと同じ「好き」じゃないのかもしれないけど…」
ケイスケは黙って俺を見ていた。
それからその両手をこっちに広げて、ゆっくり俺を抱きしめた。
「ありがとうアキラ。すごい嬉しい…」
俺もケイスケの背中に手を回した。
温かい。
心地いい。
安心する。
───満たされる。
こういう気持ちが恋なのかもしれないと、ふと思った。
今朝、工場長から電話があった。
なんでも工場長の奥さんの実家から、みかんが大量に届いたらしく、食べきれないから貰ってくれということらしい。
とにかく大量でハンパないということなので、力仕事担当のケイスケに取りに行ってもらった。
「なんでこんなに貰ってきたんだ」
「くれた…から?」
ケイスケが持って帰って来たみかんはダンボールの大箱2箱。
箱の大きさは…俺が余裕で入るくらいの大きさだ。
「工場長の家、大変なことになってたよ!」
ケイスケひとりにこれだけの量のみかんが渡せるんだ。
従業員全員に配ろうとしてるなら……
途中で考えるのをやめた。
「じゃあ早速お風呂を沸かして、みかんを浮かべよう!」
「は?」
「は、じゃないよ!みかん食べるだろ?」
ケイスケは何を言ってる?
風呂にみかんを浮かべる?
なんだそれ?
「みかん風呂…やらないの?」
「みかんが温まっちゃうだろ」
「そっちの方が甘くて美味しいんだよ、知らないの?」
「みかんはすぐ冷凍だろ!」
「凍っちゃうじゃん!」
「そのために冷凍するんだよ!」
「邪道だよ!?」
「それはお前の食べ方だろ!」
「冷蔵庫はピノで一杯だからもう入りません!」
「じゃあ今すぐピノ食べろよ!」
「なんで!?」
みかんの食べ方で喧嘩に発展した。
ケイスケはいかにも不満そうな顔をしている。
でも絶対おかしいだろ、みかんを温めて食べるのは。
風呂に入ったら無数のみかんが湯船に浮かんでいた。
「……………」
あいつ…。
絶対当てつけだな。
変なところで頑固というか、意地っ張りというか。
体と髪を洗って湯船に浸かる。
みかん…鬱陶しい。
けど…いい匂いがするな…。
「……………」
プカプカ浮かぶみかんをひとつ手に取る。
湯船に沈めてみた。
ぴょこんっ
すぐ浮かび上がってきた。
面白い…。
思わず3回も繰り返してしまった。
「みかん…うまいのか…」
ケイスケが、温めた方が甘くてうまいって言っていた。
「でも…」
温かいみかんなんて食べたことないし。
気持ち悪い気がする。
「まあ、気にならないこともないけど…」
みかんを見つめる。
風呂から上がるとケイスケがみかんを食べていた。
「アキラ!冷凍みかん美味しいね!」
しゃくしゃくと美味そうな音を立てている。
「こんな食べ方初めて!結構クセになりそ~」
食べたのか。
冷凍みかん。
「アキラも食べるよな?お風呂上がりにはちょうどいいかもね」
冷凍庫からみかんを取ろうとした。
俺はそれを制した。
「ケイスケ、いい」
「え?」
不思議そうなケイスケに、風呂場から持ってきたモノを見せた。
「あ…」
「温かいみかんうまいな」
1年という月日は長いのか短いのかわからない。
あっという間な気もするし、だけど今年の1月1日を思い出そうとするとひどく昔のことのように思える。
「アキラ、これで全部だよ」
「ああ」
今日は大掃除。
新年を気持ちよく迎えるための第一歩だ。
それにしてもどこからこんなにゴミが出るのか。
普段の生活で出るゴミは、週に2日のゴミの日に毎回きちんと出している。
なのに、改めて大掃除をすると山盛りになるこのゴミは一体どこからやってくるのか。
1年とは本当に侮れない。
「工場長が1t半出しでくれるから助かるね」
「そうだな」
工場長の家も大掃除ということで盛大に家の中をひっくり返したらしく、粗大ゴミや不燃物を直接トラックに積んでゴミ処理センターに持って行くらしい。
「お前らも何かあればついでに持って行ってやるぞ!」
いつものようにガハハと笑ってくれたので、それに甘えることになったのだ。
「しかし…けっこう出たな…」
「マメに掃除してるつもりだったんだけどな~」
ケイスケが首から下げたタオルで汗を拭う。
「ケイスケがいらない物を買いすぎなんだろ」
「例えば?」
「雑誌」
「………」
ケイスケは言い返せない。
お出かけガイドブックや、グルメ本、占い雑誌なんかの類はみんなケイスケだ。
「アキラだって」
「何だよ」
「食玩」
「………」
……言い返せない。
おもちゃ付きのお菓子はみんな俺がコンビニやスーパーで買ったものばかりだ。
「これはコレクションだろ。ゴミじゃない」
「集めてるシリーズが多すぎだよ」
ケイスケが困った表情を見せた。
なつかし給食シリーズ1、2
楽しいファミレス
寿司ネタシリーズ
昭和のおかず
かわいいsweets
パフェコレクション
などなど…。
…ちなみにまだまだある。
「アキラ自身は食に興味ないくせに、新作が出るとすぐ買うじゃん」
「まさか捨てたのか!?」
「かぶってるやつはね」
思わず両頬を膨らました。
かなり不服だ。
だまって捨てるなんて。
「こういうのは同じ物がいくつもあったって仕方ないだろう?」
「…………」
「コンプリートすることが目的なんだから、3つも4つも必要ないじゃん」
「…………」
「現に飾ってるのは1種類ずつじゃん。2つ目からは引き出しに入れたままだよ?」
「…………」
ケイスケが根気よく諭してきた。
と、そこでチャイムが鳴った。
「おーい、ケイスケー、アキラー、ゴミはまとまってるかぁ?」
大きく通る声が聞こえてきた。
急いで玄関を開ける。
「おはようございます」
「おう!持ってくもんあるか?」
「あ、はい。これお願いします」
ケイスケが一杯になったダンボールを2つ工場長に見せた。
「わざわざすみません。結構出ちゃったんですが、大丈夫ですか?」
「こんだけか?楽勝だ!任せとけ!」
全く頼もしい。
「あ、このゴミ下まで運びますよ。重いし」
俺はダンボールのひとつを抱えた。
ケイスケがもう片方を抱えるとトラックまで運んだ。
「うわ…」
トラックを見て唖然。
想像を絶するゴミの量だ。
俺たちのゴミがギリギリ載るくらいだ。
「俺がよ、家が汚ねえなって言ったら、カミさんのやつ、躍起になって大掃除しやがってな」
さすがの工場長も苦笑していた。
それでこんな…。
これは手当たり次第に捨てたな。
俺たちのゴミをうまい具合に積み上げ、シートとゴムベルトで固定した。
「よーし、いいな!」
「じゃあお願いします」
俺たちは深々と頭を下げた。
「おう。ところでお前ら、正月はどうすんだ?」
正月。
多分、というか絶対に特別なことはしないだろう。
毎年、ケイスケと何気なく過ごしてるな。
ケイスケは出かけたがるが、初詣や初売りなんかはやたら混んでて、疲れる。
「何もないんだったら、家へこいよ!雑煮でも食わせてやるよ!」
「え…いいんですか…?」
「当たり前だろ!お前らは息子も同然なんだからよ」
工場長はガハハと笑う。
工場長のガハハは本当に安心する。
「遠慮すんなよ、いつでも来いよ」
「はい。じゃあおじゃまします」
「おう!じゃあな!」
工場長はトラックに乗り込んで、豪快に去っていった。
「あー、たくさん動いたら腹減ったなー」
工場長が見えなくなるまで見送ってから、ケイスケが大きく伸びをした。
「もう昼過ぎだもんな…」
掃除に夢中で時間をすっかり忘れていた。
「俺、何か作るよ」
ケイスケがいそいそと部屋へ戻って行った。
俺も後に続きながら、今年の正月はケイスケと初詣にでも行こうかと考えていた。