仕事中にケイスケからの電話。
「アキラ…キスしたいんだけど…」
「……………」
もう一度言うが、今は仕事中。
とはいえ時にケイスケの行動は予測不可能。
仕事中だろうが、やるときはやる男だ。
変なところで妙に男らしい…。
「仕事中だろ」
「キスしたいよぉー」
何で、涙声なんだ…?
てゆーか今朝も一緒に出勤してきたけど、その時は普通だったのに。
「だいたいなんでこのタイミングなんだ。朝も一緒にいただろ」
「あ、うん。あのさ…休み中ずっとさ、アキラと一緒にいたじゃん?だからさ、何か、仕事とはいえ、離れてることに堪えられなくなったっていうか…」
「…仕事しろよ…」
「アキラのことで頭がいっぱいで、仕事が手につかないんだよ!」
「切るぞ」
「アキラァお願いぃ!キスだけぇぇ!」
ケイスケが必死に懇願してきた。
完全に泣いている。まったく信じられない。
「…今どこにいるんだ」
「トイレ」
何でトイレにいるんだよ。
気持ち悪いやつ。
「もうすぐ昼休みだろ…それまで…待てないのか?」
昼休みなら…。
これが俺のギリギリの妥協点だ。
そもそも仕事場でこういうことするのは公私混同だ。好きじゃない。
だけど、ケイスケの気持ちは分からなくもない。
…から今日だけは特別に…。
「あ、じゃあ今日の下着の色だけ教えて?」
俺は無言で電話を切った。
俺のささやかな心遣いを…。
本当に最低だ。
しかしまたすぐに着信。
「なんなんだよ」
「アキラァ…好きだよ…っ」
電話口の向こうで荒い息遣いが聞こえてきた。
ケイスケ、ついに本物の変態になり果てたのか。
こんな幼なじみいらない…。
「ケイスケ。あんまり変なことばっかりしてると、友達の縁切るぞ」
「……………」
ケイスケが黙った。
さすがに縁を切るとまで言われたら反省せざるを得ないだろう。
「…アキラ、今、なんて…?」
「友達の縁を切るって言ったんだ」
「っ…、わかった………」
しょんぼりした声で、ケイスケが電話を切った。
これはかなり効いたな。
その後ケイスケから電話がくることはなかったが、昼休みになっても現れなかった。
───少し言い過ぎたか?
ケイスケのことを気にしつつも、午後から普通通りに仕事をした。
3時休憩の少し前、工場長があわてた様子で走ってきた。
「アキラ大変だ!倒れてきた鉄筋でケイスケが怪我しちまった!」
「え…」
「あいつな、朝から何だかぼんやりしてポカばっかやっててな、様子がおかしかったんだ」
「そうですか…」
「何かあったのか?」
「いえ…」
「とにかく早くお前も病院に行ってやれ!」
病院に駆けつけた時、ちょうどケイスケが受付で会計を済ませていた。
「ケイスケ!!」
「あ、アキラ…?」
ケイスケの腕には包帯が巻かれているだけ。
他に外傷は見あたらなかった。
「怪我…それだけか?鉄筋が倒れてきたって工場長が…」
「あ、うん…大したことないよ」
「腕、折れたりしてないのか?」
「頭庇った時に強く打ったみたいだけど、骨には異常ないみたい」
そう言って、怪我した腕を軽く振って見せた。
「そうか」
悪運が強いのか丈夫なだけなのか、またはその両方か…。
「…帰るか。どっかでメシ食って帰ろう」
とにかく安心した。
病院に向かう途中、気が気じゃなかった。
自分の放つ言葉で、ケイスケに怪我まで負わせてしまったのだ。
大した怪我じゃなかったものの、一歩間違えばどうなっていたか。
「今日は俺がおごるから…」
「あの…アキラ」
病院から出た所で、突然ケイスケが立ち止まる。
「ん?」
「電話で…言ったこと…なんだけど」
「電話?…ああ、縁を切るなんて本心じゃない…」
「そうじゃなくて!」
急に大きな声を出したので、思わずケイスケを見た。
「友達の縁を切るって…」
「だからそれは…」
「俺たちって友達だったの!?」
「…………???」
ケイスケの言ってる意味がよくわからない。
友達に決まってるだろ。
俺たちは友達じゃないのか?
少なくとも俺は、トシマを出てからはケイスケという存在を強く意識しているつもりなのに。
「俺…恋人かと思ってたのに」
「………!?」
こ、恋人!?
ケイスケと俺が恋人…?
「好きなんだ、アキラ」
毎日ケイスケの口から聞こえる「好き」という言葉。
今日はやけに小さく、悲しく、自信なさげに響いた。
この言葉に込められた想いを、俺はどう受け取ればいい?
そして、どう返せばいいのか…?
「俺は、恋とか愛とか、よく、わからない。
だから、ケイスケが俺に好きだと言う言葉の本当の意味が理解できてないのかもしれない。
でも、ケイスケ。
お前は俺の中で特別で、代わりはいない。
お前が俺じゃなきゃだめだと言うように、俺もケイスケじゃなきゃだめだ。
ケイスケがいい。
でもそれが恋とか愛とかと聞かれても、どうなのかわからない…」
「アキラ…」
「俺も、ケイスケが好きだ。ケイスケと同じ「好き」じゃないのかもしれないけど…」
ケイスケは黙って俺を見ていた。
それからその両手をこっちに広げて、ゆっくり俺を抱きしめた。
「ありがとうアキラ。すごい嬉しい…」
俺もケイスケの背中に手を回した。
温かい。
心地いい。
安心する。
───満たされる。
こういう気持ちが恋なのかもしれないと、ふと思った。