《お料理に、離乳食に、お菓子づくりに1台7役で大活躍!
刻む、おろす、する、混ぜる、砕く、泡立てる、挽くといった面倒な台所仕事がたった10秒♪タマネギやニンニクの面倒なみじん切りや、大根おろしもラクラク!》
「アキラァ、これ買おうよ」
「いらないだろ、こんなもの」
ケイスケは通販番組に弱い。
番組の巧みな商品アピールにすぐに心を惑わされる傾向にある。
今もテレビの通販で「マジックブレット」という商品が紹介されているが、早速買う気満々だ。
電話を手にしたケイスケから受話器を奪う。
「あ」
「よく考えろよ」
受話器を戻して、座るように顎で促す。
ケイスケは大人しく従うとまたテレビの画面を舐めるように見始めた。
「ほら見てよ、アキラ。すっごい便利だよ。こんなに簡単にジュースとか作れるよ」
目を輝かせながら、俺にあれこれ商品アピールしてきた。
…セールスマンか?
「お前、こないだ似たようなやつ買ってただろ」
「あれは少し違うよ」
「どう違うんだ」
ケイスケが必死に説明しているが、さっぱり理解できない。
どこがどう違うんだ。
同じだろ。
「お前は通販番組にまんまと乗せられているんだぞ」
台所用品はもとより、健康器具や生活便利用品なんかを、俺に黙って通販している。
「俺だって素人じゃあないんだから、粗悪な商品には手を出さないよ」
「素人だろ」
「それに使わなくなった器具は、きちんとメンテナンスしてヤフオクに出品してるから、家計に負担かけてないよ」
「……………」
こ、こいつ。
ヤフオクなんかやってたのか。
「だからいいでしょ?ねぇ、アキラァ」
「……………」
「俺はアキラに快適な健康生活、おいしい食生活、気持ちいい性生活を送ってほしいんだ!!!」
「性生活は余計だろ!」
ケイスケは這いずりながら俺の足下までくるとズボンの裾に縋りついた。
「アキラアキラァー」
「……くっ、…買えばいいだろ……」
結局いつも根負けすることになる。
でもケイスケが俺のためを思って便利グッズマニアになったのなら悪い気はしないか。
「あ、そだ。アキラの食玩コレクションもヤフオクに出品したよ。通販で買った清浄機を置く場所がなかったから」
「なっ……!!」
「結構高く売れ……はぐぁっっっ」
渾身の力でケイスケの右の頬に拳を叩きつけた。
ゴリッ
頭蓋骨ごと脳みそが圧迫されて、わけがわかないまま意識が戻された。
「!??????」
現状が理解できず、パニックに陥る。
起き上がろうとしても頭が抑えつけられて動かない!
何だ!?
一体どうなってるんだ!?
確か俺は寝ていたはず。
いつものように、アキラにおやすみを言って目を閉じた。
そうだ!隣でアキラが寝てるはず!
アキラに助けを求めよう!
アキラ!
アキラ起きてくれ!
アキラァ!
「あ……アキ…ラ…?」
「……………」
辛うじて首を動かして、視線だけで見上げると、仁王立ちしたアキラに頭を踏みつけられていることを理解した。
「な、なんで…?」
「お前、うるさいんだよ」
「え…」
「うるさくて眠れないだろ」
また、うなされていたんだろうか。
いつもアキラは見て見ぬふりしてくれてるから甘えてたけど、そりゃそうだよな。
耳元で気味悪くうなされてれば誰だって…。
「寝息とか、歯ぎしりとか……それに寝言とか!!!!!」
踏みつける足に力が込められた。
……寝言……?
「本っっ当にうるさくて眠れないんだよバカ!!」
「ご、ごめん」
寝言って…。
ひょっとして何かマズいこと言ったのかな?
いや、でもやましいことはしてないし、俺は断じて潔白だ!
だけどアキラの足はどけられることはなかった。
部屋が暗くて表情がよくわからないのが余計に怖い。
「あっちで寝ろよ」
「あっち…?」
「玄関ら辺」
「寒いよ!」
「一緒に寝たくない!」
「寝言で俺、何か変なこと言ったの?」
「 ………別に」
ビンゴだ…。
俺、何て言ったんだろ…。
「とにかく、今日はあっちで寝ろよ」
「やだよ。一緒に寝たい」
アキラにすごい目で睨まれた。
「う……」
一瞬怯んだものの、とりあえずアキラを力いっぱい抱きしめた。
「なっ……!?」
「好きなんだ…!アキラ!」
そのまま唇をぶつけるようにキスをした。
「…っ」
初めは抵抗してたアキラも、突っ張る腕から力が抜けた。
そのうち首に腕を回された。
───よし。
「アキラ愛してるよ」
「ん…」
アキラを抱きかかえて何度も唇を啄む。
そのまま布団の中にゆっくりと入った。
「もう遅いから寝ようね?」
「…うん…」
抱き合って一緒に寝ることに成功。
それにしても、アキラがあんなに怒るなんて…。
本当に一体何を言ったんだろう。すごく気になる。
だけどこの話をぶり返すのは危険だな。
今日のところはアキラを黙らせることに成功したけど。
また変な寝言を言わないとも限らない…。
俺の胸で静かに寝息をたてるアキラの頭を撫でながら、結局朝までねむれなかった…。
「アキラっ、ただいまっ!!!」
俺は家に帰るなりアキラのところへ直行した。
アキラはテレビを見ながらビックルを飲んでいた。
今日はなんてったってバレンタインだ!
午前中に仕事が入ったのは痛かったけど、俺の思いの丈をアキラにぶつけるんだ!
チョコレートは給料3ヶ月分!(うそ)
バレンタインフェアーが始まったと同時に買ったんだぜ!
「おう。お帰り。冷蔵庫に…」
「アキラこれ…っ!!!」
チョコレートをアキラに渡した。
「えへへ。今日バレンタインなんだよ。アキラ忘れてただろ?これは俺からの気持ちだよ!はい、愛してるよ」
ちゅっ
「………」
「あ、アキラもうお昼食べた?」
「いや、まだ」
「俺、何かつくるよ」
「あぁ」
エプロンをしながら台所へ。
昨日炊いたご飯がまだ残ってるから、炒飯でも作ろう。
「確か、カニかまがあったはず…」
カニかまがあればカニ炒飯(もどき)だ。
確かめるために冷蔵庫を開けた。
「…………?」
あれ。
何か入ってる。
冷蔵庫には直径15センチくらいの箱が入っていた。
今朝はこんな箱なかったはず。
「アキラの…?」
しかもその箱はきちんとギフト用に包装してあった。
リボンもきれいに巻いてある。
これって…間違いなくアレだよな?
だって今日はあの日だもん。
てことは、俺が仕事の間に誰か来たんだ…。
アキラにチョコレートあげたやつが…。
箱を持つ手が小刻みに震えた。
一体誰だ………?
アキラにチョコレートを渡したやつは…?
「それお前のだよ」
箱を持って放心してる俺の後ろからアキラの声がして我に返った。
「商店街のケーキ屋で買ってきた。何か“そーゆーの”がいっぱい売ってたから…」
“そーゆーの”?
「………」
包装紙を丁寧に開けると、中には小さなハート型のチョコレートケーキがちょこんと入っていた。
“そーゆーの”とはこういうことか。
「ビターだって」
「ありがとう…ぅぐ…」
「おい…泣くなよ…」
おわり
「アキラ、今日の夕飯は恵方巻でいいかな?」
今日は節分。
近所のスーパーでは恵方巻がずらりと並んでいた。
夕方だから2割値引きされている。
俺は2つ手に取ってカゴに入れる。
「“えほうまき”って何だ?」
「巻き寿司のことだよ。節分の日にに食べるんだよ」
「巻き寿司か…。俺、かんぴょう嫌い」
「そうなの?」
「お前にやるよ。だから玉子くれよ」
「………」
まるかぶりするお寿司なのに分解するつもりだな、アキラ。
恵方巻を2つ買って家に帰ると、巻かれた恵方巻を一旦伸ばして、具のかんぴょうと玉子を交換した。
再び巻き直す。
こういうことしたら、逆に縁起が悪いような気もするけど…。
「今年の恵方は東北東だよ」
「そっちを向いて食べるのか?」
「そうだよ」
「どっちだ?」
え…。
どっちだろう…。
「あっち…かな?」
「…………」
呆れた顔された。
「よし、食べよ食べよ」
取り繕うように玉子が二本入った恵方巻をアキラに渡した。
あむ。
口いっぱいに恵方巻を頬張るアキラ。
「けっこうボリュームあるな、コレ」
もぐもぐと一生懸命口を動かしているが、なかなか口の中が空にならない。
アキラが恵方巻を頬張る。
アキラが口いっぱいに。
恵方巻を……。
「エロい…」
「は……?」
「アキラッ…俺の恵方巻ッ…」
「何でジッパーを下ろすんだッッッ」
ドガァッ
「ぅぶっ」
「露骨な下ネタは好きじゃない」
「ご、ごめ……」
滝のように流れ出る鼻血を抑えながら残りの恵方巻を食べた。
そうか。
うんうん、なるほど。
「ねぇ、アキラのことアッキュンてよんでもいい?」
「絶対に嫌だ」
「いや、雑誌の占いにね、恋人同士特別な呼び方で呼び合うのが吉って書いてあるんだ」
俺は雑誌をアキラに見せようとした。
「また占いか…」
片手をヒラヒラと振って拒否の仕草を見せると、アキラは呆れた顔でため息をついた。
どことなく軽蔑するような視線を感じる…。
「お前、いいかげんにしろよ。占いなんか所詮は他力本願なんだよ」
「でも…」
「大体アッキュンなんて恥ずかしい呼び方されて恋愛成就もくそもあるか」
そう言って俺から雑誌を取り上げた。
「俺が好きなら、ケイスケのやり方でぶつかってこいよ。こんな雑誌に頼って、下手な小細工使うよりも、お前自身の考えで行動しろ。たとえ不器用でも要領悪くても俺はその方が嬉しいし、かっこいいと思う」
「ア、アキラ…」
きゅーんっ。
な、なんて男らしい…。
でも、アキラが俺にこんなに熱く恋愛を語るなんて…。
今までなかった。
ん?
まてよ。
これってひょっとして「アッキュン」効果じゃないか?
占いでは“恋人同士特別な呼び方で呼び合うのが吉”って書いてあったんだ。
つまり俺が「アッキュン」て特別な名前で呼んだことによって、二人の距離が今まで以上に縮まったってことだよな。
とすれば、ある意味あの雑誌の占いは当たってるってことになる。
すごい…マドモワゼル栄魔先生…。
「おい!聞いてるのか!?」
「え?あ、うんうん。アキラ大好き!」
「…絶対聞いてなかったろ、今…」
「聞いてたよ~」
俺はアキラに笑顔を向けながら、何度も“栄魔先生ありがとう”と心の中で繰り返した。