白シャツの暴走に、定食屋は一気に修羅場と化した。
俺たちの頼んだ料理もすっかり冷めてしまっていた。
「でもさ、ケイスケは違うでしょ?」
後ろから急に話を振られて、ケイスケが焦る。
「な、なにが!?」
「愛あるエッチをしてくれそう」
……なるほど。
そういうことか。
つまり白シャツは淡泊なシキのセックスにうんざりしたわけだ。
で、愛あるセックスを求めてわざわざ次元を越えてケイスケに会いにきた、と。
まったくご苦労な話だ。
「だから俺はケイスケとエッチがしたいの」
「アキラ!」
シキが慌てて白シャツへ手を伸ばした。
白シャツはひらりとそれをかわすと、今度は俺の後ろに回り込んだ。
「丁寧で濃厚なイメージ」
………ケイスケは、確かに淡泊ではない。
「でしょ?俺のこと大好きだもんね」
うーん。
っていうかむしろ…しつこい。
「例えば?」
乳首とかいつまでも吸ってくるし、キスもやたら長いしな…。
「えー。いいじゃん!シキなんてキスもしてくんないよ!」
それ以外にもケイスケは、「アキラ、気持ちいい?」「アキラ、どの辺が好き?」「アキラ、愛してるよ」「アキラ、イッてもいい?」とかいちいち俺に聞いてくるんだよな。
「愛を感じるじゃない。シキなんて会話すらするヒマないからね」
第一、ケイスケは絶対に遅漏だと思う。
いい加減終わってくれって思うくらい長い時もあるし。
俺も段々、快感よりも痛みの方が強くなってくるからな。
「そーなんだ…」
「ああ」
「あんたもそれはそれで悩みがあるんだ」
白シャツが小さく首を振る。
「まぁ、な…。っていうかお前、人の心を勝手に読んで相づちを打つな」
いくら同一人物だからって反則だろ!
「聞こえちゃうんだもん」
「え?何?何の話?」
「ッ…、ケイスケには関係ない!」
ケイスケがしょんぼりしながら肩を落とす。
だけど今の話を知られる方が確実にヘコむからな。
黙っておくのが賢明な判断だと思う。
場の雰囲気に似つかわしくない間延びしたような、鼻にかかったような、のん気な声が響く。
一瞬で凍りついたような緊張感が破られた。
「で。オシッコ、出たの?」
「……………」
「出なかったの?」
「……………」
「ばか」
「!?」
シキが俺から目線を外して、白シャツを振り返った。
「シキは俺のこと愛してないんだ…」
「そんなことはない!」
「ウソ!口ばっかりじゃん!俺のこといつも1人にして!」
「アキラ…」
シキが白シャツの肩をそっと抱いた。
「バカバカバカ!シキのバカ!」
白シャツが泣きながらシキの胸をポカポカと殴る。
まるで駄々っ子だ。そんな白シャツをシキは愛しそうに見つめていた。
「俺様野郎!サディスト!DV男!えーん!」
「アキラ…」
腕の中で泣きじゃくって暴れる白シャツをなだめながら、何度も頬に軽く唇を落としていた。
「早漏!!!!!」
「!?」
「シキの早漏!早漏早漏早漏早漏早漏早漏早漏そうrんむっ!?」
「れ、連呼するな!」
顔面蒼白のシキが白シャツの口を抑える。
ちらちらとこちらを伺う視線を投げていた。
うん。
これは恥ずかしい。
「暴露されたな……」
「違う!俺は早漏じゃない!」
「違わないじゃん!」
シキの手を振りほどいて、白シャツがこっちへ駆け寄ってきたた。
ケイスケの後ろへと身を隠す。
「シキなんてさ、即挿れ即出しだもん!前戯もピロートークも無しだしさ!その割に回数だけは人の3倍くらいやろうとするし!つまんない!」
「………ッッ」
額にびっしりと汗を浮かべて、シキが言葉を詰まらせる。
かなり動揺してる様子だ。
「ア、アキラ…」
ケイスケがはっとして白シャツを突き放した。
「あン」
急に押されて白シャツがよろめいた。
そこへタイミングがいいのか悪いのか、トイレから戻ってきたシキの声が響いた。
「貴様っ!アキラに何をしている!?」
体勢を低く構え、日本刀を素早く抜いた。
滑るような速さでこちらへ向かってきた。
「ケイスケ!」
とっさにケイスケの服を引っ張り、身を引かせた次の瞬間にはその場所をシキの日本刀が切り裂いていた。
「あ、あっぶなっ…」
「ひ、ひぃ~…」
ケイスケが情けない声を上げて、その場にへたり込む。
「危ないだろ!」
俺が睨みつけると、シキは涼しい顔をして日本刀の先をケイスケへと向けた。
「そこの雑魚がアキラを誘惑するからだ。身の程をわきまえろ」
「ふざけるなよ。誘惑したのはそっちの白シャツの方だろ!」
「アキラがこのクズを?フン。馬鹿を言うな。ふざけてるのは貴様の方だ」
「違う!こいつはケイスケを…!」
思わずシキの胸ぐらを掴んだ。
まさに一触即発だった。
「シキ~」
ケイスケが口の中の飯を一気に吹き出した。
吐き出された米粒は唾液でキラキラと輝きながら宙を舞っていった。
汚い。
「な…んなっっっっっ!?」
かなり動揺しているのか、ケイスケの声がいちいちデカい。真っ赤な顔をして白シャツを見ている。
しかも顔中米粒だらけだ。
汚い。
「ねね、しよ?」
「な、なにを!?」
「エッチ」
「ええっっっ!?」
ケイスケの声が完全に裏返っている。
白シャツは立ち上がると、ケイスケの首に手を回し顎のあたりに軽く唇を押し当てた。
「はひ!?」
ちゅ、と軽く音を立てると、今度はそのままゆっくりと上へ。
熱を帯びて真っ赤になったケイスケの耳に舌を差し入れ耳たぶを優しく噛んだ。
「はぁっ…!」
左足をケイスケに絡ませたり、膝で股間を擦ったりしながらケイスケを刺激していく。
からかうように上目遣いをしながら、胸元までちらつかせている。
違う世界といえども、こんなやつが自分だと思うと段々ムカついてきた。
さらにはその挑発にまんまとのせられて、しどろもどろしてるケイスケにも腹が立った。
「いい加減にしろ!」
「ケイスケって、エッチはどうなの?」
「は」
「上手いの?下手なの?」
いきなりなんなんだ。
あまりにも唐突な質問に答えあぐねていると、ケイスケが隣で俺をガン見していた。
「…なんだよ」
「えっ、いや、あの、アキラ、その…どう、なのかなって、その、俺の、あの…」
………ウザい…。
もじもじしながらテーブルに指で「の」の字を書きまくっている。
「そんなこと、他人に話すことじゃないだろ」
「他人じゃないよ。同一人物じゃん」
白シャツが俺にウィンクしてきた。
冗談じゃない!
どこが俺と同一人物なんだ!
俺が睨みつけると、おどけたように肩をすくめた。
「はい、おまち」
険悪なムードの中、店のおやじの声とうまそうな匂いが広がった。
焼きサバ定食と生姜焼き定食だ。
ケイスケが運ばれてきた膳を受け取り、割り箸と一緒に俺の前に置いた。
「はい、アキラ」
「あぁ。ありがとう」
俺たちは白シャツを無視して、それぞれ運ばれてきた料理を食べ始めた。
味噌汁をすすり、茶碗に大盛に盛られた飯をかっ込む。
テーブルに両肘をついてその光景をしばらくは黙ってじっと見ていた白シャツだったが。
「ケイスケとエッチしたい」
「ぶばっっっ」