「…………」
突っ伏していたケイスケが顔を僅かに浮かせて、目だけで白シャツを見ていた。
膝を曲げて、足をモジモジと動かしている。
こいつら……本当に最低だな。
というより、そういう目で見られている対象が、世界が違えども俺だという事実が気持ち悪い。
変態2人に構わず話を進める。
「で?」
「…なにが?」
「“なにが”じゃないだろ。何しにきたんだよ。俺たちに用があるんじゃないのか?」
俺の冷ややかな視線を気にも止めず、白シャツは涼しげに笑う。
認めたくないが、目の前のこいつは間違いなく俺だと思う。
シキの言うことを信じるなら、違う世界の俺。
一体その世界で俺に何があったのかは知らないが、わざわざ次元を超えてきたのならそれなりの理由があるはずだ。
いや、あってもらわないと困る。
「あーあ。ジュース飲んだらオシッコしたくなっちゃった~」
「…トイレに行けばいいだろ」
「でも~、面倒くさいな」
白シャツがチラリとシキを見た。
「フ…ならば俺が代わりに行ってやろう」
シキがすっくと立ち上がる。
「意味ないだろそれ!」
瞬時にツッコんだが、なぜか誇らしげな表情を見せると、きびすを返し颯爽とトイレへ向かった。
…完全に馬鹿だ。
その様子を見届けてから、白シャツは俺に向き直る。
「んふ。かわいいでしょ」
どうやらトイレに行きたいというのは嘘だったらしい。
あのシキを自在に操るとは…こいつ、ただ者じゃないな。
「別の世界ってどういう意味だよ」
シキの言っている言葉の意味がさっぱり分からなかった。
「フッ。腑抜けが。わからないなら教えてやろう。エンディングという概念を知っているか?」
俺が小さく首を振ると、「雑魚にも分かるように教えてやる」となぜか勝ち誇った表情で口の端を吊り上げた。
そこからシキがあれこれと意味不明な話を長々語り出したが、やっぱり意味不明だった。
しかし現に今、俺とは別の「アキラ」という人間がこの場に存在していることだけは確かだ。
ということはシキの言う「別の世界」という言葉はあながちとんちんかんというわけではないんだろう。
ここにシキがいる時点ですでにおかしい状況なんだが。
「別の世界」の俺…。
渦中の“そいつ”はカルピスのグラスを両手で持つと、ストローをちゅうちゅうと吸い始める。
「ん…んく……ん」
かなり勢いよく飲んでいるせいか、口元から白い液体がつう、と流れた。
「ふふ…相変わらずエロいな…」
シキが鼻血を出しながら恍惚な表情で白シャツを見ていた。
薄ら気味悪い笑顔を浮かべている。
……シキってこんなやつだったか……?
「アキラ…だよな?」
ケイスケが恐る恐る白シャツに話しかけた。
白シャツは「うん」と短く答えるとケイスケの顔ををじっと見た。
「???」
しばらく穴の開くほどケイスケを見ていたが、ふいと視線を逸らし、小さく溜め息をついた。
「ケイスケってさ、パッとしない男…」
「!?」
「俺、よくもこんな冴えない男と何年も付き合ってきたなぁ」
うわ。
今こいつ、さりげにとんでもない発言を。
横目でケイスケを見やると、俯いて小刻みに肩を震わせていた。
「ほーんと、シキとは正反対。見るからに将来性が丸でないとことか、オーラや足の長さとか。あ、そうだそうだ睫毛の長さも」
いや、睫毛は別にいいだろ。
にしても、言いたい放題だな、こいつ…。
ケイスケが真っ青な顔をして俺の方を見た。
目は完全に見開かれ、口が半開きだ。
これは相当なショックを受けているな。
よし、ここは親友として一発フォローするべきだな。
俺はケイスケの肩に手を掛け、できるだけ優しく声をかけた。
「ケイスケはケイスケだろ」
「………!!!」
俺の渾身の励まし虚しく、テーブルに突っ伏してわんわん泣き出してしまった。
あれ。ひょっとしてフォローの仕方間違えたか?
まぁ、いいか。
それはそれで。
「おい、それはそうとお前は一体何者なんだよ」
「アキラだけど?」
「アキラは俺だ」
「俺もアキラだよ~☆」
「全然違う!」
俺はテーブルを力いっぱい叩いた。
俺はこんなエロいしゃべり方しないし、エロい表情しないし、エロい格好もしない!
肌なんか絶対露出しない!!
てゆーかなんでこいつは存在自体こんなにエロいんだ!!!
俺は全然エロくないぞ!!!
それに第一シキなんかと行動するわけがない!
「フ…これは間違いなくアキラだ」
カルピスを片手にシキが戻ってきた。
「アキラ、カルピスだ。好きなだけ飲め」
「ありがとー♪」
白シャツにカルピスを渡すと、シキが椅子に腰掛ける。
「ただし、この世界とは別の世界のアキラだがな」
「元気ぃ?」
片手をひらひらさせながら近づいてくる俺。
大きめの白いシャツを一枚だけ纏った格好だ。
胸元がはだけたシャツからは、異様に白い肌がちらりとのぞく。
まさか…下は何も履いていないのか!?
「わ、わあぁっ。アキラ!何てエッチな格好を!だめだよ、ボタンは全部上まで…」
ケイスケが慌てて白シャツの方に駆け寄る。
シャキィンッ
刹那、日本刀がギラリと閃きケイスケの首元にピタリとあてがわれる。
「貴様、アキラに近づくな」
「ひぃーっ」
「ふふ。落ち着いてよ、シキ」
白シャツがくすりと笑い、シキの構えた日本刀の刃に、すと指を添えて制した。
「ね?」
「……………」
ふん、と鼻を鳴らし、刀は鞘へと収められる。
一体コイツは何者なんだ…?
「あぁー、喉が渇いた~。カルピス飲みたいよ、シキィ」
「……フッ…仕方のない奴だな」
シキは恐ろしく美しいステップで身を翻すと、ツカツカとカウンターへ向かいカルピスを注文しに行った。
久しぶりにケイスケと外食することになった。
外食といっても近所の小さな定食屋だ。
汚くて狭い店だけど、ボリュームはあるし安い。
「アキラ何食べる?」
「焼きサバ定食」
「俺は…生姜焼き定食にしよ」
いつも思うが、この店で俺たち以外の客を見たことがない。
それでもちゃんと営業できてるのが不思議だ。
「オヤジさーん、焼きサバと生姜焼きお願いしまーす」
ケイスケが大きな声で注文すると、カウンターの向こうから「あいよ」と小さな声が聞こえた。
久しぶりの外食だが、話すことといえば大概いつもと同じで仕事の話だ。
俺がまだ仕事に不慣れな部分があるから、ケイスケがちょこちょこアドバイスをくれる。
ガラガラ
店内に扉が開く音が響く。
「いらっしゃい」
珍しい。
というか初めて(?)俺たち以外に客が入ってきたのだ。
何気なく出入り口を見る。
「なっ……!?」
言葉に詰まり、思わず立ち上がる。
その拍子に椅子が倒れてしまった。
「ど、どうしたのアキラ!?って……うわっ」
俺の尋常でない様子に驚いて、出入り口を見たケイスケもすっとんきょうな声を上げた。
そこにはシキと、俺がいたからだ。