「アキラ初夢見た?」
「初夢?」
「うん。俺はね、アキラの夢見たよ」
「俺もケイスケの夢見た」
「ほ、本当に!?」
「あぁ。ケイスケが茄子を抱えて、富士山の頂上で鷹に襲われてた…」
「へえ………すごくおめでたい夢、なんじゃないかな、うん………」
「そうなのか」
目が覚めると、1番大切な人が隣で静かに寝息をたてている。
いつもそれを見て、幸せな気持ちでいっぱいになる。
そしてそれと同時に押し潰されそうな不安が襲う。
───この日々はいつか終わりがくるのではないだろうか?
この甘い感覚が失わる恐怖を感じる。
不意に、愛おしい人が寝返りを打ち自分に背を向けた。
抱きしめたい衝動に駆られたが、思いとどまる。
今、この時、この世界には2人しか存在しないのだ。
そんな時間が、もしも触れたことで壊れてしまったら…。
笑顔も、ぬくもりも、全てが夢だったとしたら…。
それが無性に恐ろしかった。
「…イ…ケ……い…」
何事か小さく呟いて、身を縮ませた。
「…アキラ?」
「…さ…い…」
もっとよく聞き取ろうと、後ろから近づいた。
「ケイスケ…寒い…」
俺はそのままその背中を抱きしめた。
きっと無くならない。
消えない。
「アキラ…」
しばらくその背中に頬を寄せて目を閉じた。
あの頃、ただ追いかけるだけだった背中。
見るだけで、届かないと思っていた背中。
今はこうやって抱きしめている。
そして気付いたこと。
思っていたより小さかったということ。
俺が絶対守らなければ。
「ケイスケ…」
「ごめん!起こしちゃった?」
「いや…」
「おはよう、アキラ」
きっと俺はかなりデレデレして間抜けな顔をしていることだろう。
毎日一緒にいても、それは決して当たり前じゃない。
毎日好きだし、その気持ちはいつも新鮮だ。
「お前って、体温高いよな…」
「え?」
「背中、お前の体温がモロに伝わってくる」
「暑い?」
「……いや、心地いい…もう少しこのまま…」
背を向けた恋人が、恥じらいながらも今度は体ごとこちらに向き直した。
「あ……」
俺の胸に顔をうずめて、恋人は再び目を閉じた。
「寝正月だな…」
俺は苦笑して、胸の中の愛おしい人を抱きしめた。
しん、と静まり返った12月31日。
もうじき今年が静かに終わろうとしてる時刻だ。
。
テレビからは、今年を振り返るような話題やニュースが聞こえてくる。
目の前には、この1年、ずっと俺を気遣い隣にいた男がテレビを見ている。
「今年は政界大変だったよね、アキラ!」
「そうなのか」
俺とは趣味も興味の対象も違うツレ。
俺と一緒にいて、一体何が楽しいのか。
あいつに特別に何かをしてやったわけでもないのに。
毎日、ただ毎日を俺と過ごすことに退屈を感じないのか。
テレビからは今年を締めくくるような話が聞こえ、なんとなく頭の中でこの1年を振り返る。
「………」
特別変わったことは思いつかず、思わず苦笑してしまった。
その様子を不思議そうに見る幼なじみ。
「どうしたの?」
「いや…」
コタツの上にはみかんとピノ。
これすらいつもと変わらないのだ。
ピノのひとつにピックを刺して、食べようと口元へ持っていく。
と、ふと。
「ケイスケ」
「ん?」
何も疑わない、優しい眼差しで振り返った口元にそれを寄せた。
「へっ!?」
真っ赤な顔で目を見開いた。
ピノと俺を交互に見ながら明らかに動揺の色を滲ませている。
「いらないのか?」
「え?あ、いや、た、食べるよ!うん!いただきます」
その様子がおかしくて、そしてなんか、あったかいものが込み上げた。
「アキラ」
急にコタツから出て俺の前で正座した。
「何だよ、改まって」
「いや、あのさ…」
少し照れながらも、俺を真っ直ぐに見据えた。
「今年も1年、本当にありがとう。アキラと一緒に過ごせて楽しかった!」
「なんか、別れの挨拶みたいだな」
「えっっ!!?ち、違っ……!そんなつもりじゃ、お、俺…」
俺の横槍に用意していた言葉を忘れたのだろう。
慌てふためいて変な汗をかいている。
こういうところは昔と全然変わらない。
「と、とにかく…!!」
咳払いをして、また体制を整える。
「ら…来年もっ、来年もずっと一緒に、2人で一緒に楽しく…」
そこまで言って口ごもった。
「どうした?」
「……………」
「聞こえないぞ?」
「……………」
よく聞き取れず、耳を寄せる。
「すき」
「……………」
まったくこの男は…。
毎度芸がない。
というか、まったくワンパターンだ。
幼なじみは怖ず怖ずと顔を寄せてきた。
こいつは…。
俺の呆れ顔に気付いて、ピタリと動きを止める。
「……………」
「……………」
きっと来年も、いやずっとこいつは変わらないんだろう。
「ケ、ケイスケ…」
無性に笑えてきた。
「ア、アキラ…?」
俺は驚いた幼なじみの顔に、自分で唇を寄せた。
「!!?」
「ケイスケ、来年もよろしくな」
遠くで除夜の鐘が聞こえた。